
みなさん、こんにちは。本日は、このような機会を頂き、来る7月11日投票の参議院選挙の争点と、私の政策についてお話をさせていただきます。
冒頭から余談を申して恐縮ですが、本日はマイクロソフトのパワーポイント(以下P.P.)というプレゼンテーションツールを使ってお話しを進めますが、現在の公職選挙法では、P.Pは「図画」に当たり、選挙期間中の個人演説会等では使えない(?)そうです。企業や官庁では、今やP.Pは不可欠な道具です。
民主党もいろいろ叫ぶなら、このような選挙法を変えてもらいたいものですね。

衆議院選挙は「政権選択の選挙」と言われます。これは、衆議院で単独又は連立で過半数を獲得した 政党が政権をとる、つまり、内閣総理大臣を出し、与党となるからです
一方、参議院選挙は「政策審判の選挙」といわれます。これは、いままでの与野党の政策実績に対して、国民が審判を下すからです。
では、今、国民が一番関心があるものはなんでしょうか。
先日のある全国紙のアンケートによれば、「年金問題」が第一です。特に、この国会終盤での年金改革法改正の「混乱」が政治不信を助長したのではないかと言われています。私は、この年金改革法改正の「混乱」の本質、特に、民主党の無責任さについて最初にお話したいと思います。
次に、イラク問題です。国連安全保障理事会の全会一致の決議を受けて、我が国は人道復興支援を 引き続き行うこととしました。野党は、日本がよければよいという「一国平和主義」に閉じこもっています。 イラクの人たちの要望を見殺しにしています。第二に私はそのことを明らかにしたいと思います。
最後に、私はマスコミよる政治報道がなんか変だと思っています。もはや論点が時代遅れになっているのではないかと問題提起をし、21世紀の政治の枠組みを提案したいと思います。

現在、政治不信が特に高まっているといわれます。また、その背景に、今回の年金改正法による国会の混乱があるといわれています。
それでは、年金国会の本質は何だったのかというと、それは、昔ながらの野党の時間切れ戦術だったのです。
皆さん、牛歩戦術ってしっていますか。これは、ウシのようにゆっくり歩いて投票することにより、時間ぎれを狙うものです。
また、国会の委員長や議長の責任を問う、問責決議案は他の議案に優先するということを悪用しての、野党の問責決議案の連発も、時間切れを狙ったものです。
民主党の岡田代表は5月27日の日経新聞インタビューでこのように答えていました。「与党が年金法案に固執したら、他の法案は全部だめになるかも知れない。」
これは、年金法案を潰すために、地域の金融機関を支援する法律や国内テロに備える法制を人質にとるという「卑劣な」発言だと思いますが、皆さんいかがでしょうか。民主党は、庶民のための児童手当の拡充のための法律にも反対したのです。もう許せません!
もともと民主党は理念がない党だと思っていましたが、はっきり言って、最近の民主党はもっとひどい、昔の何でも反対の野党に戻った気がします。
それもそのはずです。この表は、民主党の新旧執行部の顔ぶれとその年齢差を示したものです。これを見れば、代表以外大幅な高齢化。これでは昔の野党に戻るのも無理はありません。「若返った」代表自体が、国家公務員法違反などの疑惑がらみ。これでは、期待できないのも頷けます。

それでは、ここで「年金法改正審議」をめぐる民主党の3つの問題点を具体的にあげたいと思います。
一つめは、審議時間を十分に活用しなかった点です。実はこの法案に関して、衆議院で40 時間、参議院で36時間(これは参考人質疑や公聴会も含めております)、あわせて76時間ものの審議時間がありました。普通、新しい法律を作る時でも、両方あわせて30時間程度です。そいう意味で、年金法改正については通常の倍以上の時間をかけていますが、民主党はほとんど政策論議をせずに、閣僚の未納・未加入問題や小泉総理の30年以上前のスキャンダル を扱って、終始してしまいました。もとより彼らには政策論議する姿勢は全く無かったわけで あります。
二つめは、6/3の参議院厚生労働委員会で与党は強行採決した、と言われておりますが、その背景は、民主党議員・秘書が100人以上集まりまして、実力で委員会を混乱させようと いう未遂事件があったわけです。与党はやむを得ず、いわば正当防衛という形で、質疑切り上げを行いました。いわば身を挺してのうっちゃり、また、肩すかし、であったわけです。
三つめは、皆さんもテレビなどでご覧になったと思いますが、6月5日から6日の朝にかけての参議院本会議の異常な対応です。森ゆう子さんという民主党の議員は、なんと3時間もえんえんと演説をしたと言われています。しかし、テレビを見ますと彼女は演説をしていません。演台で水を飲んだり、ニヤニヤしたり、いわば演台を占拠したにすぎません。明らかな審議妨害です。さらに民主党出身の本来中立であるはずの副議長は、議長がいない間に、この本会議を散会すると言ってしまった。このどちらも国会の威信に傷を付ける「禁じ手」であります。 こういった民主党には私は政治を任せられません。このような戦術におぼれた「政治」が皆さん若い方々の政治不信を拡大しているのです。

今回の参議院選挙の2つ目の争点は、イラクへの自衛隊派遣です。
マスコミでは、小泉首相が訪米した 6月9日に、日本が唐突に、「多国籍軍」参加を表明したように言っていますが、実際はそうではありません。
先ず、 6月30日の主権移譲を間近に控え、6月 5日付けで、イラク暫定政府の Allawi 首相から、国連安全保障理事会に、多国籍軍駐留継続の要請があったのです。
これを受けて、国連安全保障理事会が開催され、多国籍軍駐留継続を内容とする決議がフランス、ドイツも含む全会一致で採択されました。しかも、当該決議は、加盟国に主体的に貢献することを要請しています。
確かに、我が国は憲法の枠組みにより軍事的貢献を実施することはできませんが、当該決議の内容によれば、多国籍軍の活動には「人道支援、市民生活支援、復興支援」が含まれていることが明確になっています。よって、この部分であれば、我が国でも協力できることから、小泉総理の参加表明に至ったのです。

日本は、食糧の6割、エネルギーの8割を世界に依存している国です(特に石油の9割は中東に依存しています)。こういう時にこそ、困っている世界の人々への貢献は積極的に行うと言う「行動的平和主義」を採るべきです。
しかし、「人道復興支援」で派遣した自衛隊が、「武力行使」に巻き込まれないことも重要です。よって、我が公明党は4つの前提を、神崎代表から小泉総理に要請し、政府としても確認されました。
第一に、大前提として、他国の武力行使と一体化しないということです。
これを、確実にするためが、あと3つの前提で、活動目的、活動地域、活動指揮権に限定を加えています。すなわち、
第二の活動目的は、イラク特措法に基づき人道復興支援を中心とする。
第三の活動地域は、同法の非戦闘地域に限定し、他国の武力の行使との一体化を回避する。
第四の活動指揮権は、日本の主体的判断の下にあることを明確にする。たとい、多国籍軍の統合された司令部との間で連絡・調整は行うとしても、我が国独自の判断で撤退も可能とすることです。このことは、米・英両国政府との間でも了解に達しています。
このような前提の下での自衛隊の派遣は、当然のことながら我が国現憲法を逸脱するものではなく、イラク特措法の範囲内です。よって、政府は6月18日に、これらの前提を明確化するため、閣議了解を行いました。

一方、民主党の対応は混乱の極みです。選挙目当ての理念なき対応に終始しています。
「次の内閣外相」といった立派な見識のあるはずの前原誠司議員は、6月19日の日本経済新聞・社説にも指摘されているように、 「国連決議と国内法があれば、日本も武力行使と一体化しない後方支援活動に参加できる」と明確に言っていたはずです。
また、菅直人前代表は、アナン事務総長に「新決議が採択され、暫定政権ができた場合は、国連決議のための多国籍軍なら自衛隊を送ることも検討可能」と言っていました。
この人たちは、嘘つきなのでしょうか。それとも、岡田代表が個人的に「多国籍軍反対」と言っているのでしょうか。
社共両党は、何をしても「自衛隊に反対」という党ですが、岡田代表を含め、これらの方々は、6月5日に提出され、安保理決議の付属書にもなっているイラク暫定政府のAllawi首相の切々たる要請文を読んだのでしょうか。要請文には、このようにあります。・・・民主的かつ公正な選挙を実施するために、治安と安定性が不可欠である。この民主的移行に反対する集団と対峙するために多国籍軍駐留継続の国連安保理決議を要請する・・・
イラクの人たちは、国際テロ組織と戦いながら、必死に自国の建設、そのための民主的選挙に踏み出そうとしているのです。我々は、その人たちからの要請を無視して良いのでしょうか。歴史的に見れば、イラクは今まで、文化や資源でお世話になってきた国です。「参議院選挙目当て」でその国に恩返しもしないのでしょうか。

このように2つの争点、年金改革国会の「混乱」。また、安保理決議下の「多国籍軍参加」を見てきて、つくづく思うことは、「革新政党」を標榜する政党のいかがわしさです。
20世紀の政治は、「保守」か「革新」かという対立軸で議論されました。しかし、その「革新」によって実現されたものは、自民・社会の2大政党制による「不毛な」国会論戦・裏での国対政治、赤字ばかりを残した「東京都政」「京都府政」でした。
このように、「保守ー革新」がもはや使えない対立軸となっていることは、政党分析で有名な蒲島郁夫氏が、今般の参院選挙候補者へのアンケート(朝日新聞)で以下のように言い訳をしていることからも明白です。「政治の立場はこれまでよく「保守」−「革新」の言葉で表現されてきました。現在の政治を見る上で、この対立軸は有効ではないとの意見もありますが・・・」
それでも、旧態然たる「保守ー革新」という対立軸をマスコミが使おうとするのは、その言葉を使う人に、意識的か無意識かは問わず、「保守=古くて悪いもの」「革新=新しくて良いもの」というイメージを植えつけようとする意図があるからではないでしょうか。
私は、この4年半の自公連立を行政の内外で詳細に見てきて、今の与野党の対立軸は「現実か空想か」ではないかと考えています。
前回の衆議院選挙ではマニフェストが大きな争点となりました。民主党は華々しく「高速道路無料化」を公約しました。今はテレビで岡田さんは一言も口にしません。また、「独自財源方式の年金改革案」なるものも公約しましたが、「法律で対案にして出してみろ」と与党が詰めてみたら、なんと10数ページの法案しか書けない(政府案は数百ページです)。しかも、5年間は年間数兆円の赤字を垂れ流すと言う案です。やはり、「空想」は「空想」だったのでしょう。
他の野党も、存在するテロの可能性や北朝鮮の脅威を認めなかったり、それで「平和」と安穏と言っておれるのは、「空想主義者」としか言いようがありません。
現実には、アメリカで2年半前に9.11の同時多発テロが引き起こされ、北朝鮮は「地上での楽園」ではないことは明らかなのです。
今、政治不信が喧伝されますが、その根本要因は、政治家がこれらの厳しい現実から目をそむけ、自分に有利な、まさに「我田引水」の議論をもてあそんでいるからではないでしょうか。

私は、昨年7月3日に、公明党から公認を受けました。
それは、公明党があくまで「現実」に根ざした変革を目指す政党であったからです。
先の衆議院選挙で皆様にお約束した100項目のマニフェスト。この半年間で、すでに31項目を実現し、68項目は着手中であります。具体的には、若者目線に立ったジョブ・カウンセリングが受けられる「ジョブカフェ」の実現、(民主党が成立に反対した)児童手当の支給年齢の延長(就学前から小学3年生まで)、公務員の節約意識を向上させる効果も期待される通勤手当の削減(1ヶ月定期を6ヶ月定期に)、そして、警察官増員による空き交番ゼロの実現などなどです。
外交においても、公明党はあくまで「現実」重視です。イラクには、普通の医療が受けられないで死んでいく子どもたちが存在するのです。衛生的な飲料水も十分ではありません。このような現実を知りながら、黙っていることはできません。日本にできることは貢献する、「行動的平和主義」それが公明党です。
一方、民主党のマニフェストはどうなったのでしょうか。あれだけ衆議院選挙でアピールしておきながら、その後、まともな政策論議をしていません。与党に対案を出せと言われてその場しのぎで造った「年金改正法対案」。数字が2箇所しかない?、5年間は赤字垂れ流しと言う、対案と呼ぶのもおこがましい内容です。高速道路無料化も含め、「絵に描いた餅」で国民を騙せると思っているのでしょうか。所詮、理念の無い「空想主義」としか思えません。
また、外交政策も、参議院選挙の党利党略を優先し、困っているイラクの人々を見捨てる、「一国平和主義」に陥っています。

民主党がこのような有様の日本の現実。もはや「2大政党制」は「幻想」としか言いようがありません。何でも反対の第2党では、政治があまりにも不安定化してしまうのです。例えば、振り子が真ん中に止まらず、端から端に振れるようです。
その背景には、第一に歴史風土の違いが挙げられます。米国の「民主党・共和党」、英国の「保守党・労働党」は、長い長い歴史の結果収斂してできてきたものです。選挙のための党利党略でできたものではありません。それぞれ、南部・北部、農業・工業、州権・連邦、資本家・労働者等の、2極の長年の議論の中で出来上がったものです。
一体、日本にはどのような2極の軸があるのでしょうか。あるとすれば、先に言いました「現実と空想」という軸しかないのではないでしょうか。
国際的にも、2大政党制はむしろ行き詰っています。英国では第3党の「自由民主党」の躍進が目覚しく、選挙制度自体も「小選挙区」から変更する動きも起きています。
このような、歴史的・国際的潮流を踏まえれば、むしろ、今の日本において待望されているのは、「第3勢力たる国民政党」の躍進です。これこそ、公明党の役割です。

次に、私の政策についてお話をさせていただきます。
地元の神奈川・東京をはじめ、北は北海道・旭川から南は山口・宇部まで回らせていただき、中小企業・建設業、化粧品販売支社、製造業、スーパー・チェーン店、社会福祉法人、地域密着型金融機関の方々の意見を伺ってまいりました。
その中で強く感じましたのは、21世紀の地域経済社会を大きく発展させる鍵が、地域経済に脈動しつつあるということです。それは、「街のバリアフリーによる地域中核都市の再活性化」です。
現在、東京では超高層マンションによる人口の都心回帰が話題となっていますが、地域の中核都市においても、同様に人口の中心部への回帰現象がおきています。この流れは、いわゆる団塊の世代の方々が子供の独立に伴い、一戸建て住宅を「広く感じる」頃から明確となり、今後、同世代が退職年齢に至る2007年に向けて、一層進展すると私は見ています。中心市街地には、高齢者にとって以下のような生活の利便性があります。
@?自動車の運転をせずに、歩いて行動できる範囲に医療・公共サービスがある
A?商店街や街の賑わいには心の触れ合いの場が多い
B?歩くことや心の触れ合いにより、老化が防止される
函館市では地域活性化を目指し、「定住者誘致推進事業」をスタートさせています。21世紀を「幸齢化社会」にしていくためには、平成の市町村合併・地方分権推進の今こそ、「街のバリアフリー」の実現が重要です。

街のバリアフリー化の中で大きな問題となっているのが、歩道橋です。
写真は、6月4日に訪問した前橋駅前の写真です。ここでは、「シルバートピア」と名付けて、歩道の広幅化・段差解消や休息できるベンチの設置等先進的取り組みがなされています。素晴らしいと思った瞬間、幻滅しました。大きな歩道橋(信号無し)で道路の向こうに渡れないのです。
歩道橋は全国で2002年末現在11,202箇所あります。団塊の世代が子供を持つようになり急激に設置されていきました(1967年末で737箇所だったのが、70年末で5,104、80年末で9147箇所)。今や、その団塊の世代が足腰に不安を覚えるようになってきたのです。最近では歩道橋を無視して横断歩道の無い車道を横切り、車にはねられる高齢者が後を絶ちません。児童にとっては安全な歩道橋も高齢者には危険なものとなっているのです(高齢者の交通事故は運手者としてではなく、歩行者としてが圧倒的です)。
一方、エレベーター付歩道橋はまだ全国で115ヶ所しかありません(国土交通省は言い訳程度にモデル事業を実施している状況です)。
私は、バリアフリー住宅の開発を担当した時、住宅用エレベーターの開発も担当しました。普及の鍵は、安全を維持しながらのコストダウンでした。国が設置計画を先導すれば量産化が可能となり、現在数億円と言うコストは1/3以下できます。
団塊の世代が街の中心部へ大移動することが2007年頃をピークに予想されます。それまでに、街のバリアフリーを実現したい。それが、浜田まさよしの第一の政策です。

第2の政策。それは、「雇用のバリアフリー」です。
近年、若い人の間でフリータが増大しています。「フリーター」とは、パート・アルバイト、契約社員・派遣社員、失業者等のことで、主婦や学生は入りません。
よくフリーター200万人といわれますが、これは25歳以下の数字で、実は2001年で417万人に膨れ上がっています。
これは、右のグラフにありますように、25歳から30歳以下で150万人、さらに35歳以下でも67万人とフリーターの高年齢化が進んでいるのです。
また、最近では景気も良くなり、若い人の求人は増えているのに一向に下がらない失業率という状況があります。
このような状況の根本要因は、「自分のやりたいこと」と「やれる仕事」に食い違いがある(マッチしない)と言う「雇用のミスマッチ」があります。

このような「雇用のミスマッチ」に対して、私は、ジョブカウンセリングや学校教育の改善などが鍵だと考えています。
カウンセリングについては4月27日に神奈川「ジョブカフェ」(横浜西口)を実現しました。この1ヶ月での訪問者は1163名、うち711名がジョブ・カウンセリングを受けました。8名のカウンセラーは、ほぼ「満杯」という好評ぶりです。
このように好評な背景には、あくまで若者の目線に立ったカウンセリングの実現があります。 この1ヶ月で既に、若者の就職が次々決まっています(設計会社、鉄工所、旅行会社、レストラン、建設会社の営業、スーパー、高校講師など)。また、大手電機メーカーからデュアルシステム(未経験の人でも3ヶ月の企業内研修で採用につながる)の紹介も来ています。
第二に、学校教育段階からの対策です。 4月27日に公明党は新「若者自立挑戦プラン・10ヵ年計画」を発表しました。
具体的には、小中学校では、実際の世の中の仕組みを学ぶ「未来プラン授業」を実施します。
また、高校では、進路・就職指導に企業の人材を「ライフプラン・アドバイザー」として派遣します。今まで、民間企業体験の無い学校の先生ではなかなか困難であった具体的就職指導ができるようになります。
さらに、第3として、浜田まさよしは、より根本的なフリーター対策に取り組みます。
それは「ポジティブ・フリーターの実現」です。
みなさん、今まで「フリーター」というとマイナスのイメージが無かったでしょうか。
私は、「フリーター」も、一つの人生の選択である。そのようなポジティブなものに変えていくことが、実は「根本的」なフリーター対策であると考えています。
そのためには、「同一労働・同一賃金」つまり、同じ仕事なら、正社員かフリーターかといった身分に関係なく、同じ賃金がもらえるようにすることが原則です。
また、スーパーのダイエーでは、パートでも課長になって正社員を使う人もいます。フリーターでも、やる気がある人なら、「主任」や「課長」になる制度を広めていきます。
さらに、週3日のフリーターでも、残業した日には、25%アップの残業手当を払うよう、労働関係法令の改正を目指します。
フリーターの方には、病気をしても健康保険に入っていないので医者にもかかれないという場合があります。私は、厚生年金をはじめとする各種社会保障の充実に取り組みます。
そして、最後に最も重要なこと。それは、働く人の「こころの健康対策」です。
働く人の61%が「仕事上の強い不安・悩み・ストレスがある」と答えています。
私、浜田まさよしは、労働関係法令の改正により、職場で「心の健康診断」を実現していきます。
これらによって、浜田まさよしが実現したい社会。それは、正社員とフリーターを人生の各段階で選べる社会です。例えば、正社員で働き出してから、大学でもう一度勉強したいと思うこともあるでしょう。女性なら出産ということもあります。正社員とフリーターを各段階で選べる社会。このような社会は決して夢ではありません。オランダでは実施されています。浜田まさよし、必ず実現してまいります。

浜田まさよしの第3の政策は「教育のバリアフリー」です。
最近、教育の現場で痛ましい出来事が相次いでいます。学校の先生に全ての責任を押し付けても問題の解決になりません。むしろ、学校の先生の間で「不登校」が増えていると言う笑えない話を耳にしました。
従来の障害者教育・普通教育の考え方は、障害者教育を「特殊教育」として、クラスや学校自体を、「普通教育」と分離するということが一般でした。
しかし、この考え方は限界に来ています。
第一には、新たな障害の広がりです。 「学習障害(LD: Learning Disability)」とは、聞く、話す、計算する、推論する等の学習能力の習得と使用に著しい困難を伴うものです。また、「注意欠陥/多動性障害(ADHD:Attention -Deficit / Hyperactivity Disorder)」とは、年齢に不釣合いな衝動性、多動性等を特徴とする行動の障害で、社会的な活動や学業の機能に支障をきたすものです。
これらの新たな障害の広がり(ある意味では「一般化」)に対して、もはや、「普通教育」との分離では対応できません。
また、逆に、「普通教育」における痛ましい事件の続発により、「いたわり」「思いやり」を教える場としての「共存教育(障害者と健常者の共存の下での教育)」の長所が見直されだしています(明治学院大学では、障害者との共存教育が進められており、手話をしながら講義する先生がおられるとのことで、目が悪い人のためのNote takerというボランティアやその他の障害に合わせたボラティアにも学生が進んで参加するとのことです。高校や中学でも種々の取り組みがなされています)。

これらの取り組みは、「教育のノーマライゼーション(一般化)」と呼ばれています。
つまり、従来の「特殊教育」を変更し、子ども一人一人の障害の度合い・ニーズに応じて適切な教育的支援をするというものです。聴覚障害の子どもがいれば、普通の教室に手話できる人に来てもらえるようにすることです。他の子どもたちの手助けを借りるのです。ある障害教育者の話によれば、障害を持つ子どもには、絵が上手、音感が良い等、素晴らしい能力があるとのことです。
また、今までの教育は、「教師は1年生でも立派な教師」との前提の下、教師の個人的資質に多くを頼ってきました。しかし、このような教育のノーマライゼーションの下では、教師一人で対応はできません。多くの人の協力の下で教育を実現する形になります。つまり、校長を中心とした学校全体での対応が不可欠です。
さらにこのような「一人一人のニーズに応じた教育」を行うためには、今のような「文部科学省ー教育委員会」という中央集権的対応は限界です。現場の裁量、権限の拡大を行います。
そして、これらの教育のバリアフリーを実現するには、学校教育と地域教育、家庭教育の3つの密接な連携が不可欠です。そのためのエンジンとして「地域学校協議会」を設置し、その場に大幅な権限委譲を行います。

以上の1.街のバリアフリー、2.雇用のバリアフリー、3.教育のバリアフリーの3つのバリアフリーにより、実現するもの。それは「こころ」自体のバリアフリーです。21世紀をに目指すべき社会は、自分だけの幸せを追求する「対立的競争社会」ではなく、自他ともの幸せを目指す「思いやり経済社会」です。皆さん、そのような社会を目指しませんか?
浜田まさよし、未来志向で「産業社会」を、生活者の視点で「地域社会」を、そして、行動的平和主義で「国際社会」を変革してまいります。
参議院選挙の争点に「真っ向勝負」で挑んでまいります。
ご清聴ありがとうございました。