2004.05.27(木)
「春と修羅」:何故、修羅は歯ぎしりし泣いているのか
― 20代の皆さん、まことの言葉を吼える時です! ―

  ああかがやきの四月の底で
はぎしり燃えてゆききする
俺は一人の修羅なのだ
   (中略)
(まことのことばはここになく
  修羅のなみだはつちにふる) 
      (宮沢賢治「春と修羅」)

 全国の企業の方々のご意見をうけたまわる中で先月盛岡に行きました。初夏のように暑い日に私の脳裏に浮かんだのは、宮沢賢治の「春と修羅」の上記の一節です。「修羅」のごとく闘う毎日を送っている今、20代の頃この詩を読んで思った「なぜ、修羅は泣いているのであろう?」という疑問が解けたように思いました。
 宮沢賢治は、岩手県花巻で1896年(明治29年)に生まれ、県立盛岡中学、盛岡高等農林農芸化学科に学んだ肥料技師であり、いわばバイオテクノロジーの先達です。37歳の若さで早逝した彼の詩作の初期代表作が、「春と修羅」(彼が27歳の4月に刊行)。当時、プロレタリア文学にややおくれて農民文学が一つの運動となっていましたが、「岩手では小作争議もなかなかはじまらず後進極貧のために“日本のチベット”といわれていた」(小田切秀雄「現代文学史」)という時代的・社会的背景がありました。20代前半に上京し、大正デモクラシー「文化」に触れた青年賢治にとって、帰郷した後の生活はあまりにも「平和」すぎたのではなかったでしょうか。「後進極貧の世の中を変えたい」と思いつつ、「動き出さない人々のこころ」の狭間の中で、「一人の修羅」は泣いたのだと思いました。
 2001年時点のフリーターが417万人。若年雇用対策が喫緊の課題となる中で、今年7月の参議院選挙でも若年者の低投票率が懸念されています(前回参議院選挙では全体投票率56%に対し、20歳代は34%)。20代の皆さん! 私も「政治不信」という言葉で棄権を正当化しようとした年代がありました。しかし、今回の選挙は、社会保障全体のあり方、憲法改正など、皆さんの将来、21世紀の日本のあり方を「決定付ける」選挙です。政策で判断し、新しい時代に向けて「動き出し」ましょう。今こそ、皆さんが「まことのことば」で吼える時です。
 浜田まさよし、正論で吼えていきます。